Smileゆり(柳澤由理)のはてなきブログ

魂と身体から自信を取り戻す・世界平和のメッセージ

第四部23話 姿は見えないのに(薬師寺4)

金堂と大講堂を見た後、

元きたところへ戻って外へ出ようとしたら、案内の方から、

「講堂内をぐるりと周り、弥勒三尊がいらっしゃる所の後ろを通って、外へ行く」順路の指示がありました。


弥勒如来の後ろ側には「釈迦10大弟子」の像が並び、その真ん中に

「佛足石」とその上の飾りがありました。

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目には見えないけれど、そこに

仏陀=お釈迦様ゴータマ・シッダルタその人が立っておられる」

かのような印象がありました。


お釈迦様がおられた時や亡くなられてから100年くらいは、お釈迦様の姿というのは恐れ多くて、姿形を仏像にして石や紙などに像を描いたり刻んだりすることはなかったと言います。


佛足石や菩提樹の木の絵を描いたりして、仏陀=お釈迦様を表していたそうです。


それもわかるなぁと思いました。

というのは

・・・私は佛足石の斜めの位置に立ち、足が動きませんでした。


目では見えない、匂いもない、何もないのですが、

目が釘付けになっているのです。

 

本物の仏陀=お釈迦様が立っておられたら、頭があそこにあるだろうなと思われる、赤い布の天蓋の少し下の位置に、目が釘付けになって、離せないのです。


何か、わかりませんが、「あぁあぁ、すごいすごい」と感じているのです。

何がすごいのか、説明できないのです。


知覚している訳ではないのに、「凄い」と感動するのは、一体どういうことなのでしょうか。

追記
奈良の薬師寺の仏足石のそばに仏足跡歌碑というものがあります。
下記サイトに詳しく書いてありますので、良かったらご覧ください。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJB010MD0R01C20A2000000/

続く