世界平和シリーズ 魂と身体からのメッセージ 自信メソッド・Smileゆり(柳澤由理)

仕事でうまくいかなくて凹んだ時に読むと、元気が出てくるブログです。

第三部073部 東寺に向かう(空海の恩返し5)

f:id:yulilove:20210113105702j:plain

知恩院の紅葉




六孫王神社に行って帰ってから数日、

空海さんの外伝の動画を作成していました。

 

宮中で「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」を行うことが許されたことについて、調べて書こうと思いました。

 

後七日御修法について説明されているウェブサイト

https://chisan.or.jp/chishakuin/event/schedule/後七日御修法ごしちにちみしほ

 

これは、真言宗の修法を毎年正月の八日から七日間行うものです。

国家の安泰とともに、天皇の安穏を祈るために、天皇の衣を置いて、加持祈祷したそうです。

空海の願いによって、承和二年(835年)から毎年、宮中の真言院で、行われました。

明治になってからは、場所を東寺に移し、今も行われているそうです。

 

その取材のために、東寺に行こうと思いました。

 

たまたまですが、土曜に、京都の知恩院さんの近くに用があり、その流れで、東寺に行くことにしました。

f:id:yulilove:20210113105405j:plain

知恩院




土曜当日、知恩院のすぐそばでの用事が住んで、知恩院さんにご挨拶のお参りをし、知恩院から繋がっている円山公園へ経て、八坂神社に行きました。

 

八坂神社にて手を合わせると、「え、こんなことが」という感覚だけがやってきました。

 

必ず「え!」と言うことが起こる前は、その先触れのお知らせがやってきます。

 

どう言うことが起こるのか、という「内容」のお知らせはないのですが。

 

なんとなく「スカッとする」と言う感じと「行かなくてもいい」と言う感覚でした。

 

「ん? 東寺に行かなくてもいい、ってことなの?」

と思いながら、本殿の横の「大国主命」の社でも手を合わせました。

 

すると「絶対行きなさい」と言うメッセージがきました。

 

「行かなくてもいい」と「絶対に行きなさい」の二つのメッセージで混乱しましたが、「東寺に行こう」と決めました。

 

八坂神社の前に出て、バス停まで行ったら、東寺へ向かう207番の市バスがすぐに来ました。

 

バスの中で「そうだ、波切不動にはお参りしよう。それから東寺だ」と決めました。

 

バスが「東寺東門前」に到着し、バスを降りました。

 

東寺を見ると、わんさかと賑わっていました。

 

「あぁ、今日は弘法市のある21日だったか。

新型コロナ感染予防のため、しばらく開催されていなかったけど、

そうか開催されているんだ。」

と横目で見ながら、大宮通りを北に歩いて、この前歩いた道を通り、

波切不動のところまで行きました。

 

すると、思いがけない情景が見えました。

続く



第三部072話 お火焚き(空海の恩返し4)

六孫王(ろくそんのう)神社の拝殿の前まで来た時、

 

20人くらいの年配の方々が集まっておられました。

 

「ん? 地域の集まりか、何か、かな?」

と思いました。

f:id:yulilove:20201229154713j:plain

六孫王神社の拝殿



拝殿の扉が開いていて、そこにいた方々が入っていかれる

ところでした。

 

私はそのうちの一人に尋ねました。

 

「あの、これは何かあるのですか?」

 

「今日は、おひたきがあるんやわ」

と返事がかえってきました。

 

「おひたき」が「おひたし」に聞こえて

「ほうれん草のおひたし、じゃないよね?」

と思いましたが、口には出さず、

私は、きょとんとしていました。

 

ほとんどの方が中に入られた時に、
残っている方に尋ねてみました。

「これは地域の方のお集まりですか?」

 

「いや、だからお火焚き(「おひたし」と聞こえた)よ。」

「これは、私みたいな通りすがりの者は入ってもいいんですか?」

 

と尋ねたら、どうぞ中におはいりください、ということでした。



入ってみたら、拝殿と相殿の間のところに、
割りばしの大きいようなものが綺麗に組み合わせて

置かれていて、

その中央に着火させ、火をくべるのだろうなと

いう風になっていました。

 

拝殿を通った方々は、「さぁさぁ、おあがりなさい」と

うながす声に従って、目の前の相殿に入っていかれました。

 

えぇ、もしかして、ご祈祷?

ご神事に参加してしまっていいの?

と思いました。

 

思えば、
・お菓子屋さんでお饅頭を買わなければ
・お菓子屋さんのおじさんから
 「六孫王神社」のことを聞かなければ
ここまで来ることはなかったのだし。

 

それにしても流れるように、
この神事に参加するように、タイミングが

あまりにもぴったりだった。

神の計らいか、と思うほどだ。

 

普通、こういう神事って、午前中にあるよね。

午後の2時だか3時だかで、
もう神事の終わりかけの時間じゃないのかな?

 

たまたまなのかもしれない。

 

まるで私が行くのを待っていたかのような
(と考えると、自己中かもしれないが)
あまりにも シンクロニシティの連続。

 

さて、

神事のご祈祷の間、三人の神官の方が

何度となく祝詞を唱えられました。

 

そのたびに、全身の細胞がぶるぶる震え、

汗がびっしょり。

 

つくづく

「マスクをしていてよかった」

と思いました。


マスクをしなかったら、汗がほとばしり落ちて
恰好悪い思いをしたところでした。

 

浄化なのか、何なのか、さっぱりわからないけれど
汗の出方はもう、凄かったです。

 

ご祈祷が終わり、相殿から出ると、
相殿と拝殿の間のところで「お火焚き」が

始まりました。

 

色々と燃やし、火で焼き焚かれた後、
最後にたくさんのみかんを火に向かって
投げ込まれるのを見てビックリしました。

 

次々にみかんを火にくべて、次々に火からあげて

いかれ、またどんどんみかんを火の中にくべて

いかれました。

 

これもマスクをしていてよかったと思いました。

私はそれを見ている間じゅう、ずっと口があいて

いました。

 

ぽかーんと口をあけたまま、

珍しいというか、

奇特なことに、

こういう貴い神事に、行きあわせて

参加させてもらえるご縁というか、

 

何と言っていいのかわかりませんが、

 

「ほんまにいいんかいな。」と思いながら

つったって見ていました。

 

終わってから、

火にくべたみかんの入った袋と、

火にくべていないみかんの入った袋を
渡されました。

 

「これ、神さんのお下がりや。」

と言って渡され、受け取りました。

 

受け取ってから帰る時、
「ほんまに、今日は、
あんた、ここに行きや、その次はここやで。
ほんで、そこで立って見とき。」

と誰かに言われながら、

連れてこられたかのような一日だったと思いました。

 

帰ってから、主人と一緒に
火にくべられたみかんを食べました。

 

おいしかったです。

そのおいしさというのは、うまく説明できません。

 

ふつうのみかんではなかったです。

 

焼いたから、というだけでもないようです。

何て言えばいいのかわかりませんが、とてもありがたかったです。

つづく




第三部071話 六孫王神社(空海の恩返し3)

石上神社・波切不動を出て、なんとなく元きた道を戻りました。

 

いきしなに通った細い道の途中にお菓子屋さんが

ありました。色々なお饅頭が店頭に並んでいました。

おいしそうな栗饅頭が二つ入っているパックが

目につき、買うことにしました。

 

お店のおじさんが売ってくれました。

 

そのにこにこした笑顔を見ていると、

あぁ、ここの地域を大事にしながら
住んでおられるんだろうなぁ、という

感じがしました。

 

それで私はそのおじさんに言いました。

「あそこの波切不動、初めて行ったんですが、

あそこは本当に凄いですね。

もう、ほんまにちゃんと拝んではる所、って

感じがしますね。」

と言いました。

 

お菓子屋さんのおじさんは

そりゃあ、もう、というような顔をして

うなずかれました。

 

そして、

「ここに行ったんやったら、もうちょっと行ったら

六孫王神社(ろくそんのうじんじゃ)』というのがありますよ。」

と言われました。

 

「ろくそん? 六つの何ですか?」

 

「六つの孫の王ですわ。

あそこはね、春になったら、桜がそりゃあもう綺麗でねぇ」

と言いながら、行き方を教えてくれました。

 

波切不動に行ったあと、東寺に寄ろうか、と

思っていたけれど、

教えて貰った「六孫王神社」に行ってみることにしました。

f:id:yulilove:20201229152510j:plain

六孫王神社の説明



行き方は大宮通に戻って、八条大宮の角から
八条通りを西に向かって歩いて行くと
八条の壬生川の交差点のところがちょっと広くなっていて

 

六孫王神社 清和源氏、発祥の宮」と看板に書いてありました。

 

「へぇ、清和源氏。源氏の始まりってあるんやねぇ

日本史、知らんことだらけや」

と思いながら行きました。

 

すると入口に石碑があり、そこに

弘法大師 御作
誕生水辨財天」
と書いてありました。

「へぇ、空海さんが弁財天さんを作られたのか」

 

そう思いながら境内に入ると、綺麗な池と太鼓橋がありました。

 

橋は「恋の架け橋」、池は「神龍池」だそうです。

 

観光の写真はこちらのサイトがわかりやすかったです。
https://kyotowalker.club/post-1900/


由来については
六孫王神社のサイト
http://www.rokunomiya.ecnet.jp/001-yurai.html
を参照ください。



太鼓橋を渡ると、拝殿が見えました。

その時、ちょっと驚くことがありました。

 

つづく

第三部070話 真言の場(空海の恩返し2)

f:id:yulilove:20201223192854j:plain

山茶花



 

弘法大師空海の地盤の波切不動明王を訪ねた、

その日の朝には

友人と「感謝クリーンデー」で
宇治川の掃除をしました。

(前回の宇治川沿いの掃除の時の記事)
https://yulilove.hatenablog.com/entry/2020/11/07/144223

https://yulilove.hatenablog.com/entry/2020/11/12/133014
ご参照ください。

宇治川沿いの道をお掃除していったん自宅に帰って

昼食をたべてから、午後、東寺の北側にあるという

石上神社と波切不動へ向かいました。

 

近鉄電車の東寺駅でおりて、東寺の東門の方へ歩いて

行きました。

 

東門の前を素通りして、そのまま大宮通を北へむいて歩き、

左へ折れる細い道がある角で左折。

 

細い道をつきあたりまで歩いて左右をきょろきょろすると

丁度右側にそれっぽいものが見えました。

 

行って見ると、目の前に飛び込んできたのが

「波切不動明王」の提灯がぶらさがっているお堂。

 

そこの右側が神社らしいです。

頭で考える順番としては

お参りするのは神社が先、と思うのですが、

足がこの「波切不動明王」に引き寄せられ・・・。

 

まん前に行き、かがんで手を合わせました。

 

住所と名前を心の中で名乗りました。

 

すると心の奥で「真言」が響きました。

 

いつも真言は頭の中で覚えているものを

思い出して唱えるのですが、

今回は違いました。

 

お不動さんから真言の波動がやってきて

それを受け取るような感じでした。

 

手を合わせ祈り終わっても、

頭の中に「真言」は鳴り響きました。

 

波切不動の右側の「石上神社」で手を合わせても

そのお不動さんからくる「真言」がずっと頭の中で

響いていました。

 

確か入る時に、看板の案内に

「三輪社の神道と、三輪山の山伏宗が

継受相続されている」

と書いてありました。

 

あぁ、そうか、山伏の方々の祈りが
こもっているんだ。

どうりで、お不動さんのところは
物凄い霊気が感じられた。

 

厳しい位の浄化。

 

空海さんは山岳信仰された方だし、

山伏の方々と一緒に山を廻られたことも

おありだと思います。

 

境内のお地蔵さんや小さな祠の一つ一つにも

丁寧に手をあわせて祈り、私はそこを出ました。

 

出たとたん、さきほどまでずっと頭に響いていた

真言がぴたりとおさまった事に驚きました。

 

へぇ、すごいっ!

 

ここの「場」に真言のパワーが込められているんだ。

 

ここは空海さんのおじさん阿刀大足のお家だったわけだ。

 

平安時代から明治時代まで東寺の執行家であった
阿刀家の代々の御屋敷があって、そのお屋敷の中の
斎壇が石上神社(正式名:石上布留社いそのかみふるしゃ)
だということを思うと、

 

ここは本当に聖なる場だったことだろうと思いました。

 

続く

第三部069話 弘法大師空海の地盤(おじば)?(空海の恩返し1)

「日本人の知らない恩」が終わって、

続きがまた「恩」なのですが。

 

これは私達が知らない、空海さんが恩返しをした話です。

(ユーチューブではこちらhttps://youtu.be/Sih0-JABFVU
で見られます)

その昔、空海さんが遣唐使の一員として
唐に渡って密教を勉強にしに行かれた、という

事はおぼろげながら知っている方も多いと思います。

唐に渡って、唐の人と話をしたり色々な交渉をする時に
空海さんが唐の方々に感心されたのは、

1、唐のことばが堪能だということ(語学力)
2、文章がとても美しいこと(文章作成能力)

3、詩(漢詩)が美しいこと

4、歴史などよく分っていること(記憶力)

5、人の気持ち心がよくわかること(感受性、共感性)

などです。

 

その中で、人と交渉していく時に一番力を発揮したのは

空海さんの文章力でした。

 

へりくだり、相手をもちあげながらも、
自分の境遇状態をきちんと説明し、これこれをしてください、
というお願いをして、要求をする。

そして、気持ちよく要求をうけいれてもらっていたようです。

その交渉力は、空海さんの持ち前の才能だと思いますが、

空海さんが大学を受験するまえにしっかりと文章の基本を

叔父の阿刀大足から教わったことが、空海さんの人生の

基本的な運の良さにつながったと思います。

 

また帰国してから、空海さんが大宰府に二年留め置かれ、

そこから和泉国槇尾山にとどまりました。

 

その時「伊予親王の変」がおこりました。

その動乱の中で空海のおじ大足は槇尾山にいる空海

ところまで逃げてきました。

 

それから大足は亡くなるまで

空海さんの執事のような役割を担い、

ひっそりと空海さんの身辺におられました。

 

大足をはじめとして、半僧半俗でありながら、
阿刀家は東寺の執行家として

平安時代から明治時代まで代々世襲制として

受け継がれました。

 

ちなみに阿刀家は空海の母方実家です。

 

空海さんは恩人である叔父大足を大事にした

ということと

母方のご実家阿刀家を大事にしたこと

ということを思いました。

 

その阿刀家について調べていると、

その阿刀家の屋敷跡の祭壇のあった場所に

神社とお不動さんがあるということを知りました。

 

そしてそのお不動さんは「波切不動明王」であり、

唐から帰ってくる船が、嵐に巻き込まれて、

大変だった時、空海さんがこの「波切不動明王」に

一心に祈られていたことから

 

このお不動さんにお参りしなければ、

東寺や高野山四国八十八ヶ所へお参りしても

御利益はありませんよ、というような所

なのだ、と書いてあるサイトがありました。

 

私はそれを知って、二三日のうちに、

その神社とお不動さんを訪ねました。

f:id:yulilove:20201217133851j:plain

東寺の近くの石上神社の境内の波切不動



それがえぇっと驚くお不動さんでした。

 

続く







第三部068話 仏教の力(日本人の知らない恩4)

f:id:yulilove:20201124130027p:plain


スリランカのジャヤワルダナ大統領の演説を読んで感じたのは、
大統領の見地の広さと温かさです。とても感動しました。

f:id:yulilove:20201117114715j:plain

(↑この本に関心のある方はこちらをクリック

https://amzn.to/3osvZsm

本のタイトルにあるように、ジャヤワルダナ大統領は「敗戦後の日本を慈悲と勇気で支えた人」その通りだ、と思いました。

 

日本に空爆を受けたにも関わらず、賠償請求権を放棄し、日本が自由な独立国であるように、と訴えたのです。

空襲にあわされた相手に、賠償請求しない、だなんて、すごい心が広いです。

 

これが「慈悲と勇気」なんですね。

心打たれました。

 

そして、アジア諸国と日本は同じ「仏教」で繋がっていることを改めて感じさせられました。慈悲が仏の教えですね。

 

 

私個人のことですが、
この2020年は、私にとって「仏教の一年」だったのではないか、と感じています。

 

お正月明けてすぐに友人と浜松と名古屋に旅行に行き、その時、お釈迦様の本物のお骨が納められている、という日泰寺にお参りすることができました。
その時の記事はこちら→https://yulilove.hatenablog.com/entry/2020/03/25/104425

 

その時、なんとも言えない、軽やかで囚われのない「気」、子供のように純粋で汚れのない清らかさを感じ、心打たれました。
その時の記事はこちら→https://yulilove.hatenablog.com/entry/2020/03/29/222641

 

お正月からお釈迦様の気を感知してしまうと、この一年はどんな一年になるの!?と思いました。

 

iPadを購入したことから、絵をたくさん描いていくうちに、「弘法大師空海シリーズ」をアップしていくことになりました。
「弘法大師空海シリーズ」の動画の第一回目←クリック)

 

動画を作成するために、空海最澄密教、仏教、日本史について、どれほど勉強したことか。

勉強していくと、今の日本があるのは、空海最澄といった、優れた仏教の師が過去におられるから、ということもあるのですが、それより大事なことがわかりました。

 

それはインド伝来の仏教が中国や朝鮮半島に伝わり、それが遣唐使、遣隋使によって、日本に伝えられたことが大きい、ということです。

 

インドから中国、日本へと、仏教は一回でなく何度となく伝来していきました。

インド、中国の寺院や僧侶などが、経典を出し惜しみしなかったこと、素晴らしいなと思います。

そして、日本に伝えられてからも、代々写経されて、今日まで伝えられてきていることを思うと、その一番初めのお釈迦様・ブッダは素晴らしかったなと思います。

 

命をかけて、先人たちが凌ぎをかけて、洗練してきた仏教の教えが、日本にどんどん伝わってきて、荒ぶれた日本人の心を磨き上げてきたのではないでしょうか。

 

もし、日本に仏教が伝来していなかったら?

今の日本はなかっただろうと思います。

 

また、そのサンフランシスコでの講和会議で、ジャヤワルダナ大統領がこのような世界平和の精神で演説をされたこと、私は知りませんでした。学校の歴史の授業でも習わなかったと思います。

 

ものすごい恩を受けておきながら、文字通り「恩知らず」でした。

申し訳ありません。

 

私は謝ります。

 

(ジャヤワルダナ大統領のことを知るきっかけとなった、
スリランカ料理のお店は
こちら→https://www.instagram.com/rasapirirestaurantbar/?hl=ja
ラサピリ(宇治市))

続く





第三部067話 ジャヤワルダナ大統領の演説(日本人の知らない恩3)

 

f:id:yulilove:20201202110335j:image
『戦後の日本を慈悲と勇気で支えた人

スリランカのジャヤワルダナ大統領』

(野口芳宣よしのり・著 銀の鈴社)

https://amzn.to/3jSA6ve

 

この本に書かれている、セイロン(現スリランカ)のジャヤワルダナ大統領の演説の趣旨をここに書きます。


私はこれを読んで、とても感動しました。

 


「アジアの国々、セイロン、インド、それにパキスタンの、日本に対する中心的な考えは、

日本を占領するのではなく、独立する自由の国にするのが良い、ということでした。

私はこの条約案は、この考えを完全に実現するものだとはっきり申し上げます。」


「アジアの諸国民が、日本は自由でなければならないと、固唾を飲んで見守っているのは何故でしょうか。

 それは我々アジアの諸国と日本との間には、長い間続いてきた深い関係があるからであります。」


「セイロンの我々は、幸運なことに日本の侵略は受けませんでした。

しかし、空襲による損害(略)による賠償を請求する権利があります。


 しかし、我々は、アジアの限りなく多くの人々の生き方を気高いものにした、

あの偉大な教導師の言葉

「憎しみは憎しみによって消え去るものではなく、ただ愛によってのみ消え去るものである」

(「憎悪は慈悲によってのみ消滅する」法句経 ほっくきょう 五)

という言葉を信ずるからであります。

f:id:yulilove:20201202110723j:image
これは、仏教の創始者であるブッダの言葉であります。


仏教は、人道主義の波を、南アジア、ビルマ、カオス、カンボジア、シャム(今のタイ)、インドネシアおよびセイロン(今のスリランカ)を通して、日本に伝えました。

また、同じように、北はヒマラヤ山脈を超えて、チベット、中国、そして最後に日本に広まりました。


仏教は、幾百年にもわたる共通の文化と遺産で、我々を結びつけてきたのです。

この共通の文化は現在も存在しているということを、私は、この会議に出席する途中、先週日本を訪問して見つけ出しました。

そして日本の指導者、すなわち首相はもとより、一般民間人まで、さらには寺院の僧侶から、日本の人々は今もあの偉大な教導師(ブッダ)の平和の教えの影響を受けており、しかもそれに従おうとしている、という印象を受けたのです。


我々は、彼ら日本の人々に、その機会を与えなければなりません。(略)


この条約案は、敗北した敵に対して、公正であると同時に同時に寛大です。

我々は、日本に対して友情の手を差し伸べましょう。(略)


日本国民とセイロン国民とが、人間生活の完全な威厳を平和と繁栄の中で受け入れ楽しみ会うために、手を携えて前進することを 信じましょう。」

教えてくださったスリランカ料理のお店

ラサピリさん

https://instagram.com/rasapirirestaurantbar?igshid=wsjyjujytyel


つづく