Smileゆり(柳澤由理)のはてなきブログ

魂と身体から自信を取り戻す・世界平和のメッセージ

第三部014話 伊勢神宮の遷宮 (眞名井1)

松尾大社のツアーが終わった頃、私は本を買いました。

 

「なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか」

(著者:島田裕巳 幻冬舎新書)という本です。



その本の副題に

【最強11神社】

 八幡/天神/稲荷/伊勢/出雲/春日/熊野/祇園/諏訪/白山/住吉の信仰系統

と書いてありました。

 

その中の伊勢についての記述で、「えええ!」と驚いた事がありました。
今日はその事を書きます。

f:id:yulilove:20200516160430j:plain

伊勢神宮の外宮の正殿(2020年3月1日)



伊勢神宮は二十年に一度遷宮(せんぐう)」を行ないます。

 

遷宮とは、

古いお宮の横に同じ広さの土地があり、

二十年経ったら、その隣の土地に

建てておいた新しいお宮さんに神様を移すのです。

 

この本によると、

 

大昔は二十年ごとではなく、

十九年ごと遷宮を行なっていた

 

ということが書いてありました。

 

「へぇ、十九年か、ちょっとわかりにくいよなー」

と思いました。

 

それだけではありません。

一二九年にわたって遷宮が途絶えていた、という時期があったそうです。

一二九年、ほぼ130年間です。

 

「えぇ、それって何でなん? もしかしたら戦国時代かしら?」

と思いました。

 

そのこたえは・・・・・、

 

以下「なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか」の本に書いてあることの引用です。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

内宮は、応仁の乱の五年前(寛正3年、一四六二年)に、

第40回の遷宮が行われたそうです。

 

その次の第41回目の遷宮

123年後の天正13年(一五八五年)だったそうです。

 

外宮ともなると、

永享6(一四三四)年に第39回遷宮が行われた後、

第40回は永禄6(一五六五)年で、

129年もあいだがあいてしまった、のだそうです。

 

伊勢神宮の正殿は二十年で結構いたむらしいです。

 

ですから120年ももつ筈がありません。

 

内宮の40回遷宮から30年を経た時に

「正殿の破損が著しいので、正式の遷宮はできなくても、

仮の遷宮でもできませんか?」

禰宜(ねぎ)が上申書を出している、記録も残っているそうです。

 

この願いは叶わなかったそうで、

それから第41回の遷宮が行なわれるまでの

85年間は内宮の正殿は消滅していたのだそうです!

 

織田信長豊臣秀吉が天下を統一し、

造営料を寄進するまでは一二〇年以上、

長きにわたって遷宮は途絶えていたのだそうです。

 

引用ここまで・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ということは、おおむね、

戦国時代のような乱世の時期は

伊勢神宮遷宮は行われなかった、ということですね。

 

遷宮を行なえるのは、平和の時である、ということですね。

当たり前なことですが、改めて平和であることの意味を考えさせられました。

 

・・・・・・・・・

 

それからしばらくして

「元伊勢」と言われている籠神社に行きました。

続く