第三部056話 空海さん本人がいる?(二度目の高野山3)
翌朝、いつもより早く目が覚めました。
歯を磨いていると、
朝勤行(あさごんぎょう)開始の鐘の音がしました。
読経を聞きながら手を合わせました。
手を合わせて祈りました。
その時です。
どう見ても「像」でしかないのですが
「空海さんご本人」がおられるとしか
思えない、肉の存在感と言いましょうか、
心の存在感と言いましょうか、
何か、温かいものを感じました。
朝勤行の後、朝食をいただきました。
見事な、紅葉のお部屋でいただきました。
その後、ロビーで新聞記事の切り抜きが
貼ってあるのが見えました。
それは昨年の三月に、主人に立派な「書」を
渡してくださったお坊様が、
なんと今年の夏から四年間、京都の東寺の
最高位「長者」を務めることになった、という
ことでした。
あぁ、だから、いらっしゃらなかったんだ。
一年の「法印」の任期が終わる直前に
「東寺の長者就任」という要請が
「東寺」から来たそうです。
「高野山」の高僧の中から、
「東寺」の「長者」が選ばれるのは
一世紀ぶり、
と書いてありました。
読んで「ヘェ、凄いなぁ」って感心しました。
後、新聞記事に、こう書いてありました。
大伽藍(だいがらん)建立に取り組んでいる最中の
託されたそうです。
弘法大師の多忙と苦労を思い、
「高野山でも東寺でもお仕えするのは同じこと」
と決心されたそうです。
ひえー、凄い。
ロビーの前に来たら、一人のお坊さんがお掃除されていました。
ご案内くださった方です。
それで声をかけて「朝勤行」の時に感じた
思い切って尋ねることにしました。
「すいません、お掃除のところ、申し訳ありません。
ちょっと質問したいのですが。いいでしょうか?
あの、朝のお勤めの時のことです。」
お坊さんは、掃除の手を止めて受けてくださいました。
「はい、いいですよ」
「お勤めの途中で、お大師様の僧のあるところで、
一人ずつ手を合わせて祈る、というのがありましたね。」
「はい、ありましたね」
「あの時のことなんですが。
あの、あのお大師様は、何か、うまく言えないのですが、
今まで見てきた、お大師様とは何かが違うような気が
したのですが、
あれは何か、他とは違うのでしょうか?
私の感じた、何が違う、というのは、うまく説明できないんですが」
と言いました。
すると、お坊さんはニコニコして、
「はい、あのお大師様は向いておられる方向が違います」
と言いました。
私は思っても見ない答えが返ってきたので、驚きました。
「方向が違うんですか?」
「はい、うちのお大師様だけなんですよ。
北を向いておられます。」
「北? なんで北なんでしょうか?」
「それは京都を向いておられます。」
「京都を!」
「そうです。京都をです。」
「東寺を向いている、というのですか?」
「いえ、京都を、です。
高野山にいながら、京の都を見ておられるのです」
「ほぉ、京の都を」
「そうです。こういうお大師様像は他にはないのです。
ここにだけしかなんです。」
ほぉ、そうだったのか、と思いました。
調べてみました。
「身は高野、心は東寺に、納め置く」
という歌を空海さん、詠まれているそうです。
想いはきっと無限時間届いていると思います。
だから、私が空海さんの像のまえに行った時、
ご本人がいらっしゃるような気がしたんですね!
もう一つ、しらべてみました。
三宝院は、はるか平安の昔、
弘法大師のお母さん玉依御前によって創立された古刹。
世界に一つしかない〈北向大師〉鎌倉時代をおまつりしている。
のだそうです。
その後、
昨年の三月に三宝院の住職から「書」を頂いた事や、
その体験を漫画動画にして
公開したら、その動画だけ桁違いに
視聴者が多いのです、と説明しながら、
その動画を見ていただきました。
さらさら〜と問題無く出かけて行って、
パッと貰った〜
という話ではなく、
バスが行っちゃった、とか、
ぶちぶち文句を言うのとか、
花粉症の症状が奥の院でぶり返すのとか
そういった思い通りでないことの連続の
果てに、「書」を頂いた
ということが凄いいい、と言って頂きました。
そうだろうと思います。
不都合だったり、文句を言いたくなったりしながら
それでも、思いがけない良いことが起こったりするのですよね。
ご苦労様です、みたいな感じで。
お掃除で忙しい中、手を休めて丁寧に対応してくださった
三宝院のお坊様に感謝です。
続く