Smileゆり(柳澤由理)のはてなきブログ

魂と身体から自信を取り戻す・世界平和のメッセージ

世界平和030竈山5 神の分け御霊

皆さんと一緒に竈山神社の祭壇で手を合わせている時、

頭のなかで何も考えられず、真っ白な感じでした。

 

そして

体でエネルギーが動くのを感じました。

特に胸の奥でエネルギーが動くなぁっと思いました。

 

ふっと目をあけると、

祭壇の左右に蝋燭に灯りがともっているのが見えました。

 

よく見ると、

その左側の蝋燭だけゆらいでいるのです。

 

普通、風が吹いたら祭壇の蝋燭の左右とも揺れるものです。

揺れ方の大小はあるかもしれないとしても

揺れる時は左右とも揺れ動くものです。

 

しかし、その時は私の方から見て

左側の蝋燭の炎だけが揺れていました。

 

しかも、その左の蝋燭の揺れ方と、

私の胸の奥に感じるエネルギーの揺れ動き方が

ぴったり同じでした。

 

「共振している」

「一緒に揺れ動いている」

 

としか思えませんでした。

 

私の胸のなかに あの蝋燭があるのか?

私の胸のなかにある蝋燭が そこに飛び出たのか?

といってもいい感じでした。

 

 

私は常々

「心の声」は「神の声」だと感じていました。

 

心の中で話す声は、そのまま神様に届くと感じていました。

 

ですから、神様からのメッセージは、直接心に響いてくるような感じです。

 

だから私が心の中で何を考え、何を思うか?

というのは、そのまま神様に直接聞こえている

のだと思います。

 

迷っていることや、心ひそかに人を馬鹿にしたり

みくだしたり、羨ましがったり、

自分だけ何もできない人間だ、と思ったり

そういうのは、全部神様に筒抜けなんだと思います。

 

誰にも言わずに、懸命に何かに打ち込んでいたり

腹がたちそうになりながら、冷静になろうと努めたり

相手が喜んでくれるにはどういうことをしたらいいか、

とあれこれ想像してみたり、

というようなことも、

すべて神様はお見通しなんだなぁと

思いました。

 

心の声は、神様への言葉だとすれば、

私の心の中に、神様がいらっしゃって、

そこで聞いておられる、と思ってもいいのではないか?

と思います。

 

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世界中のあらゆる宗教の神

そういえば「私達人間は神の分け御霊である」

という言葉を聞いたことがあります。

それは、もしかして、こういうことを言うのかもしれない!

と思いました。

 

もし、そうだとすれば、

私の中に神様がいらっしゃることになり、

また、

これをお読みの皆様ひとりひとりの中にも

神様がいらっしゃることになります。

 

世界中、すべてのひとの中に神様がいらっしゃる

ことになります。

 

ここまで思った時、初めて

高野山で 主人が頂いた「書」

「南無大師遍照金剛」

すべてのものにお大師さまはおられて、輝いていますよ、

というお経の意味が わかってきたような。

そんな気がしました。

 

それからそれから1週間ほどした頃、

Mさんから思いもかけないメッセージが届きました。

続く