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愛されたかったら来なさい 愛されサクセスストーリー

もうなんでこんな人生なんやと思ったら宇治のゆりさん所まで来なさい。

自分をゆるしていくと 自分に感動する

生き方

トラウマ解放セラピスト 柳澤由理です。

       *

月に一度 香川県の宇多津まで

マスターカウンセラー講座を受けに行っています。

 

    マスターカウンセラー養成講座 - jinseinantokanaru ページ!

 

長年セラピーをしてきて、
自分で自分を そうとう振り返ってきましたが

まだ

触らずにおいていた部分(一番暗かった十代の頃のこと)や

幼少時の自分のことなんかも、振りかえってみています。

       *

今までは だめな自分、というのがあったら

徹底的に 自分をジャッジして、やりこめて

否定しまくって、そのあげくに記憶の倉庫に

しまい込む、ということをしてきました。

       *

今は、そういう過去の自分に光をあてて

つらかったから、そうしたんやなぁ、という事や

そういう自分の過去の過ちを 許すという事を

チャレンジしています。

       *

今までは 許さないで生きてきたのです。

「許す」というのは こういうことか

という感じがします。

そして

そういう過去の過ちをありのままに認めて

光をあてていくと、そういう思いをしたから

そういうことを経験したから、

「これではいかん」と思って

人生を修正してきたんやなぁ、という事も

わかるようになってきました。

      *

なんとなく、ですが、

だめだめな自分も 認める

というか 許容しだしてきているんです。

      *

過去を受け入れる、

ありのままの、だめだめな私も受け入れると

だめだめな私は

ただのだめだめで終わらないんですね。

      *

今の自分がその時の気持ちも

その時の痛みもわかって

関係者への影響のことも考慮にいれて、

それでも

人生を生きていく、という意義

というのを感じています。

      *

今までだと

悪いことをした人は

「おのれ! 成敗してくれる!

 そこに直れ! 叩き切ってやるわ!」
みたいな、

正義の味方ぶった、怒りの権化みたいな精神になって

自分で自分をいたぶっていましたよ。

      *

正義の味方も一歩間違えれば

自分にとっての正義を踏み壊された、と言って

怒っている、

ただの八つ当たりにすぎないですからねー。

       *

   不思議ですが、

   なんで「正義」というものが

   あるとするならば

   「正義」は味方してやらないと

   いけないんだ?

   正義であれば、正義はそれ自体が力を発揮する。

       *

セラピストって 色んな人がいる。

「いい人ぶってる」人がいるのだけれど

自分にとっての「こうあるべき」を人に

押し付けているだけの人もいる。

私自身が

そういうの、全然してへん、て

いうつもりはない。

過去において、押し付けってしたことある。

でも

もう過去はいい。

反省はする。あぁ、ここがずれの元だったなぁと自覚しているところもある。

  でも

これからは 本当に気をつけていく。

         *

だって、今までとは違うレベルで

活動していこうと思っているからだ。

         *

話を戻して

自分で自分を許容していくと

自分で自分を受け入れだすと

自分が自分であることに 感動してくるのだ。

         *

自分が自分であることに 感動

って 変なことかもしれない。

自分が自分であることを 受け入れる

という文章は 見かける。

でも

自分が自分であること に 感動

っていうのは、

言葉ではうまく伝えられないけれども、

胸の奥とか

腹の底とか

どこか奥からじわじわとくる 響きなのだなー。

         *

静かな、静けさなんだけど、響いてくる、みたいな

そんな感じなのだ。な。