Smileゆり(柳澤由理)のはてなきブログ

魂と身体から自信を取り戻す・世界平和のメッセージ

世界平和第二部33話(三輪山3) 大国主命は何故隠退したか?

 

今回たまたまですが、88の日で、

タイトルは3ばかりですねー。

なんとなく、大国主命の髪型「みずら」を想い起こします。
・・・・・・・・

さてさて、

大国主命少彦名命がおこなった

「国造り」について調べてみました。それは

大国主命について書いてある文章の中にありました。

 

引用はじまり・・・・・・・・

古事記』上つ巻、及び『日本書紀』神代紀(下)に拠れば、

少彦名命と共に「大国主神が行った国作りとは、

人々に農業や医術を教え、生活や社会を作ること」

であったとされる。

大国主命は荒ぶる八十神を平定して

日本の国土経営の礎を築いた。

(略)

少彦名神(すくなびこなのかみ)とともに、中つ国の経営を行ったが、

天照大神(あまてらすおおみかみ)の使者が来ると国土を献上して

みずからは隠退した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用おわり

 

大国主命少彦名命と一緒に、

人々に農業や医術を教え、生活や社会を作る

ということをしたのね。

そして、八十神を平定して日本の国土経営の基礎を

作ったということですね。

 

それだけ苦労して国土づくりをしていて、

天照大御神からの使者がきて、国土を明け渡せ、と

言われて、献上する。

というのは、どういうことなんやろ? 苦労して治めたのに?

 

天照大御神は 大国主命がおさめていた国土を

ぽんと貰うって形?

 

なんで、大国主命は そこで隠退しないといけないのん?

天照大御神が国土を治めることになったので、

大国主命は前代の神様で邪魔だから?

 

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梅原猛さんの『古事記 現代語訳』を読むと

色々なやりとりがなされた結果、大国主命さんは

天照大御神からの使いの力に克服させられたかの

ように見受けられる物語が書かれています。

 

だから、大国主命出雲大社に閉じ込められた(?)

ということなのかな?

 

そこで、ふっと 京都の八坂神社の境内の、

本殿の西側に大国主社があったなぁーということを

思い出しました。

 

もう一つ、京都の下鴨神社の本殿のあるところから

西参道へぬけてそのまま西に進んでいくと、

賀茂川にかかっている「出雲路橋」につながる

ということも思いだしました。

 

その位置関係の「ちょっと離れた西」に置かれている」感じ、

というのを思い出しました。

出雲の国は西の果てにあるからねー、と思いました。

 

「西の果て」にあるっていうところから

閉じ込めて隠している、封じている、というような

印象を受けました。

 

そこまで思い出してから

梅原猛さんの『神々の流竄』を読み始めました。

そこに疑問の答えがありました。

続く