ひろみの青い空7
史子は空きペットボトルと水筒にお茶を入れているところでした。
「ちょっと待ってね、お茶と水を用意しているから。それと、こっちの袋を
持ってね。おにぎりが入ってるからね。」
「おにぎり、わぁい、楽しみ! おばさんのおにぎり、楽しみ!」
「そう? そう言ってもらうと嬉しいな! はい、できた。あとね、虫よけにこれを腰からぶらさげて。」
史子は丸い平たいものをひろみに渡しました。
「これ、なぁに?」
「これはね、中に虫よけの丸いお線香が入ってるの、携帯用よ。」
「へー、こういうのがあるんだー。」
「ひろみは若くって血が美味しいから、いっぱい虫が寄ってくるよ。虫よけをぶらさげとかないと、あっという間に虫にかまれちゃうからね。」
「おばさん、虫にさされる、でしょう?」
「いーや、虫はたちが悪いんだから、噛む!でいいのよ。さぁ、行こう。行きましょう。」
二人は弁当だの水筒だの荷物を持って家を出ました。
おばの史子が家を出る時に「行ってきます。」と家の玄関で手を合わせた時、ひろみも一緒に手を合わせました。
山道を歩きだしてからひろみは史子に聞きました。
「おばさん、このお家に神棚ってあったっけ?」
「ないわ。」
「じゃあ、さっきは玄関のどこにむかって手を合わせていたのかなぁ?って思って。」
「家よ。」
「家?」
「そう、家。このお家はわたしが毎日住むことをゆるしてくれていて、わたしが寝たり起きたり食べたりして暮らしていくのを助けてくれる。ありがたいお家。出かけるときも挨拶して出かけるの。」
「ふぅーん。ありがたいお家か。そんなん考えたことない。」
「ひろみのお家は、家じゃなくて、ひろみのお母さんとお父さんが家なのかもね。」
「え? どういうこと?」
「ひろみを守ってくれて、毎日暮らせるのは、お母さんとお父さんのおかげだから。ひろみにとっての家は、ひろみの住んでる家ではなくて、お父さんとお母さんがひろみのお家なのかもしれないね。」
「・・・。」
ひろみは史子の話を聞いて、自分の両親のことを「守ってくれてる」と考えたことがないなぁ、と思いました。
「お母さんはうるさいし、お父さんは仕事ばかりであまり家にいないし、わからないし。」と史子に聞こえないような声でぶつぶつ言いました。
ひろみはその時つまずいて、転びかけました。
「ひろみ、だめよ。そんなまずいもん食わされたみたいな顔して歩いてたら転ぶよ。」
「え! そんな顔してません。」
「してましたよー。」史子は両手で自分の顔を横からはさみこんで、目じりを広げて言いました。「こぉーんなに目が線になっちゃってて、鼻も口も、びろーんと横に伸びちゃって、ぶーたれちゃって。」
「あ、ひどーい。」
「不細工なこと、考えてると、ブッチャイクな顔になっちゃうよ。」
「わたしが不細工なこと、考えてると、なんでわかった?」
「はっはっは! やっぱりそうなんだ。白状したな。はっはっは!」
「おばさん!」
「考えてることは顔に出るんですーーってば。」
「え? そうなん? だってわたし、学校で『あんたは何考えてるか、わからん』っていつも言われる。」
「そんな事を言う、そいつは、友達?」
「はい、一応。」
「一応って何よ。友達じゃないんでしょ。だったらほっときな。」
「・・・。」
「さぁさ、話してるうちについたよ。ここだよ。」
もじゃもじゃと木が生い茂っているなかの道を歩いていて、急に視野が明るくなり、空が広がりました。