愛されたかったら来なさい 愛されサクセスストーリー

もうなんでこんな人生なんやと思ったら宇治のゆりさん所まで来なさい。

記憶イメージの中の若い頃の母に喋らせてみた。

きらきら からだ通訳カウンセラー

トラウマセラピストの柳澤由理です。

      ***

一昨年の11月の終わり頃に

価値観がすごく変わったというか

自分の人生って何やったん? ということがありました。

それはこれです。↓↓↓

 

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こどものころ、さんざん、夫婦喧嘩を見てきた両親が

ほんまは 仲が良かった、ということを聞かされた時、

「はぁ? なにだってぇ~?」と思いました。

それを聞いてから1年と2ヶ月が経って、

ふと それを思い出しました。

        *

もし、夫婦仲がよかったんなら、

母が 父の愚痴を しこたま 私に話していたのも

真にうけなくても よかった、ということなんやなー。

        *

そこの記憶の部分は まだ固定しているから

私の頭のなかで 記憶を変えてみようか、と

思って、

ちょっと 昔の母を思い出して みました。

        *

若い母が 出てきて

「ゆり、あんた、昨日パパのことを怒って

 『パパみたいな人と結婚したらあかんで!』

 って 言うたんは、あれ、忘れてなー。」

と 言わせてみた。

すると

 記憶イメージのなかの こどもの私は

「えぇえぇーーー!」と えらいびっくりしてる。

 

  そらそうやろなー

 

記憶イメージのなかの 若い母に さらに言わせてみた。

「あれはな、昨日、ふたりで喧嘩してたんや。

 それで そんなこと言うたんや。

 ほんまは、パパはいい人やし、一番信用できるし、

 ほんまは、優しいんや。よぉ働いてくれる人やし

 いい男やでー。」

 

記憶イメージの中の 小さい私は めっちゃ混乱。

「えぇえええぇ! ほんなら 心配せんでもえぇんやな」

 

記憶イメージの 若い母は にこにこ笑顔。

「そうやで。心配せんでもえぇんや。

 心配させてごめんなー。

 パパとママは 仲良しや。

 パパはみどころのある、いい男や。」

 

記憶イメージの 若い母と小さい私は うきうきと楽しく

という感じで イメージは消えた。

 

すると脳が思考停止状態になった。

 

母がさんざん父の愚痴や悪口を私に言っていたものだから

私は 父が大好きでありながら どこか信用してないの?かも?

っていう感じがあったのだ。

 

それを 書き換えてみたら 脳のなかの記憶や思考を司る部分が

いつもとは違う情報がきたことで 混乱し、思考停止状態になった。

 

実際に うちの親は こどものまえで「仲良し」を見せられない

というようなところがあるらしいので。

(照れ屋なんだそうな)

 

昔、喧嘩して怒っている母が激しく言うことばは

インパクトがあって、こども時代の私の脳裏に

強く焼き付けられてしまった。

 

そういう場面もあったかもしれない。

でも

そういう場面ではないところも多々あるのだ。

覚えているのかもしれないが、

記憶の倉庫の奥に入り込んでいるんだろうな。

 

記憶の倉庫にはセンセーショナルなものが

週刊誌の表紙や スポーツ新聞の見出しみたいに

取り出しやすいように 置かれている。

 

本当に大事な情報は センセーショナルなもの

ではない。日常的に重ねられている日々の経験だ。

それは地味な記憶で ベーシックなものだ。

 

それは 私と言う人間の存在感とか 雰囲気から

醸し出されるんだな。

記憶の深い森の奥の木の一本一本なんだ。

 

もう脳の記憶の浅いレベルにある、センセーショナルな

ものに惑わされないで、じっくりとしっとりと日々を

生きてきたうちに重ねられた、毎日のご飯のひとつひとつ

のようなものの 力強さを 引き出していきたいと思う。