セラピストのつぶやき トラウマとからだの記憶解放 柳澤由理

もうなんでこんな人生なんやと思ったら宇治のゆりさん所まで来なさい。

もしも耳が頭にあったら

トラウマセラピスト

レインボーライフの柳澤由理です。

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この前 もう一つのブログ「ビーナチュラル」に

「もしも〇〇があったら もっと楽だったかもしれない」

 

いうのを書いた。

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この 〇〇 というのは しっぽなのだが。

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これと同類なのだが、

もしも 耳が頭にあったら

もっと楽だったかもしれない

というのも感じている。

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耳のある位置というのは

脳の大きさを表している。

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動物の進化で

耳の位置が頭の上から

下へさがっていくのは

それだけ脳の容量が大きくなって

きているのを表している。

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もし耳が頭の上の方にあったら

脳が今より小さかったら

あんまりいらんことを考え込まないで

楽だったかもしれない。

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でも、それくらい頭の脳の大きさが

小さかったら新幹線を開発したり

缶コーヒーを開発したり

パソコンを作ったりはできないなー。

 ・・・・

まぁ、せっかく人間でいるのだから

人間でないとできないようなことを

しておく。

そして

人間でなくても人間でも楽しめるような

ことは 思いっきり楽しむに限るなー(^。^)

たまには

ごろごろしよう。

たまには

猫の気分でごろごろしよう。

猫を飼ってなくても自分が猫になってしまえばいいんだ。