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愛されたかったら来なさい 愛されサクセスストーリー

もうなんでこんな人生なんやと思ったら宇治のゆりさん所まで来なさい。

古い木が教えてくれた~帝釈天の網

レインボーライフの柳澤由理です。

唐突ですが

帝釈天」という神様というか仏様がいます。

帝釈の網」というのがあります。
(詳しく説明してあるページをみつけました。)
  ↓リンク 貼ります

http://www.ichijyo-shinya.com/message/2012/08/post-488.html

           ***

その「帝釈の網」は今の時代の インターネットの
ネットワークだよ、と、TVで古舘さんがおっしゃっていた、と
歴史画家の知人が教えてくれました。

              *****

それを見て、

「あ!この概念なら知ってる!
地球に網がかけられてる、っていうの。知ってる!!
でもこれがインターネットのネットワークだとは
気づかなかったな~」
と思いました。


この「この概念」をどこから教えてもらったか、

それは 大阪の ある古い木から、なんです。

それについて 今日は書きます。

このことについては昔まぐまぐのメルマガに書いたのですが

受け取る=自分とつながること [まぐまぐ!]


もう少しわかりやすく書いてみます。

結婚して8年になります。

いま、9年目に入りました。

結婚する寸前、主人は大阪の某病院に勤めていました。

駅から主人が住んでいたワンルームまで歩く途中に

駐車場があり、そこに古い大きい木が一本だけ

残っています。

探してみました。その木の写真はこちらのページで見れます。
       ↓ ↓

http://blog.canpan.info/higashimomodani/

このページの写真の左から二枚目の写真の木です。

樹齢400年とこのページには書いてありますね。

私は土日には主人に会いに行っていました。

駅から主人のワンルームまで歩いていくと

非常にしんどくて

いつも ウンウンウンウン言いながら歩いていました。

足が重い、荷物が重い、という感じ。
夏の暑さも一緒に働いて、どうにもこうにもならん!
という感じの道でした。

その道の途中に この大きな木がありました。

この木のあるあたりで、ちょっと楽になって、
この木のところから ワンルームまで なんとか歩いていける

という感じでした。

それで 私はいつもその木のところで 立ち止まって

会釈してから 歩いて 主人のところまで行っていました。

まぐまぐの記事を貼りつけて整理して追記します↓

ある日の夕方、私は

主人(その時は「彼氏」)と駅で待ち合わせして
主人のワンルームまで歩いて行きました。

いつもの道をふたりで歩いて、その木がある所の

すぐ手前の花屋さんで 鉢がひとつ倒れていました。

「起こしてぇ~~!」と言ってるような気がしたので
慌てて起こしました。

するとその花屋さんの鉢が 全員 私を見て

「この人、鉢を起こしてくれはったわ!」

と言うのが聞こえました。

(起こした鉢だけでなく、花屋さんの鉢が全員、
私を見て「この人、起こしてくれはったわ!」て
言うのが聞こえたんです。)

 

私は そないな びっくりされるような事かなぁ
と 思いながら、主人とふたりで歩いていくと、

いつもの木のところで 木が!!!!

いつもの大きな古い木が!!!

   ↓(ここからはまぐまぐの貼り付け

その木を囲むように古い建物があったのですが、
ある時
その建物が解体され、更地になっていました。


そして、その大きな木(江戸時代からそこにあるらしい)の太い枝の先も、
無残に切り落とされていました。 その切り方は定規で測ってここから先はもう切っちゃうよ、と言って 切ったかのような えげつない切り方でした。

更地になって、はじめてその木の前にすすすっと行けるようになり、
私は彼氏(主人)と一緒にその木の前に立ち、手を合わせて祈りました
「痛いやろう?」と思い、祈りました。

(注釈)後にここは 大きなパーキングになり、切られた木の枝には杖がつけられて綺麗に補強されました。私がみたのは、その切られて、補強されるまでの間のことだったみたいです。

何をどう祈ったか、はわかりませんが、とにかくその木に心を合わせて
みました。するとその木からは 悲しい子供の気持のようなものが
共振して、私の胸の奥が痛みました。

子供はいつでも大人の都合で動かされてしまいます。そしてこの木も人間の都合にあわされて切られてしもたんや~、という気持ちがしました。私のこどもだった頃の泣きたい気持ちが込みあがってきました。

そして木を見たら その木も泣いているようが気がしました。

その木は物凄く長く生きていて、
そこにずっと立っていて、人間達の都合で
勝手に切られる。

人間達の都合で邪魔者扱いされる。
そういう痛みを味わってきた。
そういう悲しみをなめてきた。

私は思いました。 「そこいらをちょろちょろうろつきまわる人間よりももっと長く生きて  きたのに。ずっとずっとそこにいるのに。  人間も、他の生物から、『アンタのその腕、ちょっと長くて邪魔だから、  ちょっと切るわ』て言うて切られたらどうなる? 物凄ぉ痛いんやで。
 あんたもそれされたらどうする?
 ほんま、自分がどれだけの事をやってるか、考えてみたことあるか?
 ひどいで。ひどいもんやで。」 伝わってきた思いを受け止めて私は「あぁ同じかぁ」と思いました。 おんなじなんやねぇ。。。。と思いました。
 
(注釈)その時は、補強のために切られたのでしたが、
その時はわたし、それは知りませんでしたから。
痛いやろーにねーて 思ったのです。

        ☆☆☆*☆☆☆

なおもその木に同調していると こんなメッセージがきました。

 そう同じ。
 人間の子どもの痛い思い。君の中にあるその痛みと、  我々自然界の痛みと 同じ。
 だから君は それをやっていきなさい。
 君は 人々の心のなかにある傷ついた子供の傷を癒していきなさい。
 そうすることが、我々自然界の傷を癒すことにもつながる。
 子どもの心の傷と 自然界の傷は同じ。それは結びついている。
 大人たちの勝手な思惑と都合で、無残に切られてしまう。  簡単に壊されてしまう。そういう心の傷を癒すのです。
 そうして君はこの地球の癒しのネットワークの一こまとなる。  君とその横にいる彼は 地球全体を癒すネットワークのひとこまとなる。
 人を癒すことは自然を癒すこととつながる。
木がそのメッセージをくれている時、
木は枝を全世界に伸ばして、光の枝と枝がどんどん伸びている
イメージをくれました。地球全体を癒していく。
そのひとこまになり、私と彼はこの自然と地球を癒すお手伝いをする。 そう知った時、涙がとまりませんでした。

そして
その大きな木の前をおいとまして、再びいつもの道に戻った時、
その道には沢山の木が生えていることに気づきました。
街路樹にしろ植木の木にしろ、それらあらゆる種類の木のひとつひとつに
スピーカーがあるかのように、さっきの
大きな木の声を 伝えてくるのです。

「地球全体を癒していくこと と
 子どもの心の傷を癒していくこと
 癒しのネットワークの ひとこま と なることだよ。」

どんな種類の木も あらゆる植物にも 
その木の声を伝えるスピーカーがそなえつけられているかのようで、
声がずっとずっと 聞こえてきました。
他の木がちらっと視野に入るだけでも その声が聞こえて
そのたびに涙が うっと こぼれてこぼれてたまりませんでした。
どの植物もみんな、さっきの大きな木とつながっているのでした。 涙が出て出て止まりませんでした。
とてもまっすぐに歩けたものではありませんでした。 私は彼の腕に支えてもらいながら、その道を歩いて
彼のワンルームまで行きました。

この時の経験は 私には非常に大きなことでした。

帝釈天の網」というのは
この木がメッセージをくれた時の
地球全体が癒しの網、ネットワークがあって、

というイメージ映像と そっくり同じでした。

そうだったんだ~。

あの時の 木が教えてくれた ネットワークと言うのは

帝釈天の網のこと。

網目のひとつひとつが 私たちなんだなー。

毎日、ブログ(このブログ以外にもビーナチュラルというブログも書いている)
FBやメルマガを書いて書いて書いている
私ですが、

こんなん書いて 一銭にもならへんのやないか、と
思うこともあるのですが、
書かずには おれないんです。

ネットワークの網目の一つなんだと思うからです。