セラピストのつぶやき トラウマとからだの記憶解放 柳澤由理

もうなんでこんな人生なんやと思ったら宇治のゆりさん所まで来なさい。

自分との対話~骨盤内の声

レインボーライフの柳澤由理です。

どぼどぼに深い内容をいつもはてなに書かせて

頂いています。

☆彡

こないだから自分の骨盤のなかの筋肉と
話をしています。

どうにもこうにも「腰がひける」という感じを
感じていて、
これが私の長年の「ビビリ症」と関係しているんだなと
気がついた次第です。

で、今朝になってから ふっと思ったのです。

「私の骨盤、腰が ひける理由、というのがあるのではないか?」

「骨盤内の筋肉がいざという時に力を出さないで、へっぴり腰になる理由」

というのを、骨盤内の筋肉や腰に尋ねてみようと思いました。

骨盤さん、骨盤さん、私な、
あんたがなんで腰抜けなのか、わかったわ。

「え? なんやて? 藪から棒に なんや。
私がなんで腰ぬけなのか、わかった、てか?
そなら、それを言うてみー。」

うんとね、あんたがいざという時になると
腰がぬけるのんは、長年そうやってきてるんやろ、
だから、それはずっと昔からの訳があるんや。

「へぇ、急に物分かりがいいこと、言うなぁ。
こないだまで、さんざん私のことを責めてたのに。
なにごとか、あったか・・・。
ほな、そのあんたの分かったという理由、聞かせてもらおか?」

へぇ。
それは「なにか訳」がある、ってことやないか。

「それはわかった。そやからそのあんたがわかった、
わての 腰抜けの理由、聞かせてもらおか。」

わかってはいないんやけど。何や理由があるんやな!
ってことだけは、わかったんや。

「なーんや! 全然わかってへんやないか。」

へぇ、すいません。

「わいが なんで腰抜けかというと、な、
話せば長いことながら」

腰さん、骨盤内の事情、長いのは困ります。

「なんでや、ひとの話はちゃんと聞かな!」

なんで、って、ブログが長くなりすぎてはいかんから。

笑笑笑

そこで言葉をつかわず、感覚だけで感じていくと

痛みを感じました。

その骨盤底、骨盤内の筋肉の痛みは

赤ん坊の時、私が未熟児として生まれた時の
毎日注射を片方ずつ交代で打たれた時の、
筋肉がぐさぐさになって、痛かった痛みが原因である
ということがわかりました。

太もほもの筋肉は、太ももだけではない。
その筋肉の始まりは骨盤底だったり、骨盤の中だったり
します。
今まで、太ももの筋肉のケアは、太ももだけしてきたが
骨盤からケアをしてほしかったようです。

その痛みをじっくり感じて、
人生におけるすべての出来事をありのままに受け止めて

痛いのもあった、つらいのもあった、

喜びもあった、かなしみもあった、

物足りなさもあった、嬉しいもあった、

色々なものがあったよね~~と受け止める。受け止める。受け止める。

骨盤から今までの「見捨てられてきた感」がじわじわと
伝わるのも、そのまま受け止めて

じわじわ~ じわじわ~ 受け止めて

「ほっとかれる感」があった。

で、聞くけれども、本当にほっとかれてたのか?

んー。何をどう見るか、なんだけれども

ほっとかれた という答えが半分
いや、ほっとかれてないよ、愛されていたよ、 という答えが半分

ほっとかれた感の方に聞いてみる。

どんな風にしてほしかったの?

答えは、「抱っこしてほしかった」だ。

母親から 抱っこされた感がない。

あとから生まれた妹が抱っこされているのを見て

驚愕したんやそうや・・・。

そうか。

うまれて2ヶ月保育器の中。

そこから出て、
もっともっと母親に抱っこされたかったのに、

母親じゃない人から抱っこされる。

母親から抱っこされたかった。

母親から抱っこされてなかったか?

抱っこはされたけど。もっと抱っこされたかった。

いま、私がお尻や腰をきちんとケアしてあげて
自分で自分をかわいがってあげるから。ね。

それで

ちょっと 納得したみたい。

この「自分との対話」は
身体と話すこともできるし、
気質と話すこともできます。

すべては自分が自分を理解していくこと

自分が自分を受け入れていくこと

自分が自分を愛していくことにつながっていきます。

からだもこころも 何のおかえしも求めないで
本当に 一切みかえりなしで 奉仕してくれます。

だからといって それをいいことに

つらいこと、しんどいことを全部体におしつけていい

ということはありません。

自分の心だから、といって、自分の心を自分で傷つけていい

ということはありません。

自分の心もからだも、まさに自分のために動いてくれるものなのです。

大事に使いたいですよね。