セラピストのつぶやき トラウマとからだの記憶解放 柳澤由理

もうなんでこんな人生なんやと思ったら宇治のゆりさん所まで来なさい。

ありのままって

ありのままの私を認める

って言葉がある。

 

ありのままの自分

て言うと

 

人に見せたくないような

泥々したものがあるのを

嫌だ!と思う。

 

その泥々した自分があるっていうのも

ありのままだし、

 

それを嫌だ!と思うのも自分だし

 

嫌だ!と言わんでもええでー

言ってる自分もありのままだし、

 

嫌なんは、嫌やー!

と言うてるのも、

 

泥々しまくってるのも

 

あらゆる自分をほんまに

ありのままのだよ、と

見ていくのは

 

カオスだ!

 

混沌としていて

清も邪も闇も浄も情も意欲も

 

ぜーんぶ混ぜまくって

 

納豆を混ぜるように

全部認めて混ぜたら

 

ゆりゴジラが ガァーー!

出てきました。

 

それも俯瞰してただ見ていったら

からだに意識がうつり、

いつも

こんなボォーボォー暴れ倒してて

自分のことをダメだダメだて

言うてきてごめんよー

と、体に謝りました。

 

そしたら

うん。

と身体は受け入れて

それだけ。

 

身体は偉大だよなー!

自分、ぶっ壊します、やら

自分、張り裂けます、くらいの

感情ですらも

受け止めてくれはる。

 

潜在意識てのは多大なものやから

なにか途方もないもんが出てくる

ことがある。

 

その潜在意識と繋がってるのが

体やから。

 

身体は許容してくれるけど

あまえすぎたらあかんな。

 

時々は謙虚になって

自分の心や体にお礼を言うとかなあかん。

 

そこまで気づいたら

体が私にこたえてくれて

そのあと、心が一気に軽くなった。

 

とことん自分につきあうのは

しんどいとこもあるけど

そうやって絞り出したら

軽くなる。

 

心のトイレ

みたいなもんかもしれんなー。

 

心もトイレが必要なんかもしれん。

どこまでいったら

この自分をアカンて言うて

ダメダメするのがおさまるんかいなぁー

て、思うけど、

それは徐々に軽くなっていくもんやわなー。

 

トイレも毎日

一日何回も行くし

 

それみたいなもんかもしれん。

 

心はお風呂にいれてやり

トイレにもつれていき、

そうやつて手当てする。

それの連続やわな。