身体の叡智からのメッセージ 自信メソッド・柳澤由理

頭の思考よりも身体の方が賢い、って知っていますか?

自分に厳しい人は

自己価値が低くて

自分に厳しい人は

自分だけではなくて

周りの人にも厳しさを

要求してしまう。

 

と言うのは

セラピーをやっていくと

当たり前過ぎるほど

当たり前なことです。

 

が、

自分に厳しくしてる人は

「いや、私は自分に厳しいけど

人には優しいです。」

と言います。

 

その人の言う「人に優しくしてる」

と言う、その基準がもはや厳しい、

ってことが、

わからなくなってる。

 

「これくらい当たり前でしょ」

「これは常識の範囲ですよね」

と思うかもしれない。

 

でも

厳しい人は

「ひとを受け入れる」のが

下手だ。

 

自分や家族がへたってたら

まずは「あんた、疲れてるんやな」

と判っておやり。

 

そして

「あんたも大変やな」

と受け止めておやり。

 

その上で話を聞いておやり。

 

その上で

「あんたは、そうしたいんやけど

そうでけへんのやな、そかそか」

と概要を受け取っておやり。

 

それから

「まぁ、ここいらで、

ゆっくりしていき」

と、リラックスさせておやり。

 

それから

お茶の一杯でもゆっくり

一緒に飲んでおやり。

 

 

私も長年自分に厳しくしてきたから

なかなか自分を許されへんかったわ。

 

そやから、情け容赦ないことを

言ったり、

言わなくても心のなかで

考えたりしてきたわ。

 

角が丸くなるにも年月がかかる。

 

私も55になって、

やっと自分をここまでは

許せるようになった。

 

あなたが自分を

許せへんのも、

そら、無理ないことやなー。

 

今、許せへんでも

そのうち、許せるようになるよ。

 

自分で自分をどついてきたから

人に手を出してるつもりで

突き飛ばしてしまうんやわ。

 

そやから、まず

あなたは自分に優しゅう

しておやり。

 

あなたが自分を許せた分だけ

自分に優しくできる。

 

あなたが自分に優しくできた分だけ

人にも優しくできるよ。

人を受け入れるのも

楽にできるようになるよー。

 

少しずつ

少しずつでいいんよー。

 

 

ハナタレと車イス

今朝、起きるときに

見た夢のなかで

私の目の前に

「ハナタレ」がいました。

 

「ハナタレ」は

「だってどうせ

わかってくれないんだも~ん」

 

と言って

 

ハナミズをびょんびょん

させていました。

 

 

あー、これが私のなかに

ずっとおったんや。

 

 

これ、私の子どものときの

気持ちやったんやけど

 

 

もう、これ、要らないよね。

 

 

サヨナラするわ。

 

ハナタレとはサヨナラする。

 

 

そう心の中で思いました。

 

 

そしたら私は電車に乗っていて

なんか重たそうな「何々大学教授」

と書いてある封筒が誰かの忘れ物で

置きっぱなしのを見つけました。

 

ふーん、誰かの忘れ物なんやな。

 

車掌さんに「忘れ物ですよ」

と言ってから降りました。

 

降りて駅の改札から出る時、

私の荷物がデカイことに

気づきました。

 

 

なんか、デカイ車イスやん。

 

いつ使っても良いように

いつ誰を乗せても良いように

持ち歩いてたんかーー!

 

もう、それは要らんわなーー。

 

 

車イスも手離すことにしました。

 

 

その時、

私は今まで誰かを助けなあかん

助けなあかんとばかり思ってきたことに

気づきました。

 

 

これからはプラスに発展する方向に

目を向けて行こう。

 

 

マイナスもあるかもしれんけど

マイナスと思っても実際は

プラスなんやなーー。

 

 

生きてるんやし。

生かされてるんやし。

 

 

ありがたいやん。

 

そう思った。

一緒に仕事するのが嫌だと感じる人がいる時

身体こころ通訳カウンセリングの

柳澤由理です。

仕事で一緒に仕事するの

イヤやーって言いたくなる人

いてますねー。

どうしても

そりが合わない、

とか

神経が逆なでさせられる、

なんや、がさつな人やなー、とか

思ってしまうような人

いてますねー。

・・・・

それはね、

思ってしまうの、

思っていいんです。

・・・・・

え?

思っていいの?

と思ったあなた。

・・・・

はい、いいんです。

まず、そう思ってもいいんです。

だからと言って

相手が悪い、とか

そこまでは考えないこと。

自分のなかで

そう感じたもんは感じた。

と、

それだけにしとく。

・・・・・

こんなん考えたらあかん

こんなん感じたらあかん

と言うのをやめて

ただ感覚を受けとるだけ。

・・・・・・

これが意外に大事です。

なんでかーて、言うと

「こんなん思ったらあかん」

と言う思いは

自分の感じたことをイカンと

思うことです。

・・・・

それを沢山やっていくと

自責の念がたまり、

ひっくり返るんです。

・・・・・

するとどうなるか?

・・・・・・

相手が悪い!

になります。

・・・・・

自分に「あかんやんか」

と言うか

相手に対して「あんたがあかんのやで!」

と言う気持ちを向けるか、

になってしまいます。

・・・・・・

それは

空気が悪なりますね。

・・・・・・・

そやから

相手に対して「む」と思ったら

それはそれだけにしとく。

そして

そんな風に思いながらも

一緒に仕事してる私。て

エライ!

っていう風に思ったら

ええんですわ。

・・・・

自分の功績にしてしまう。

それがはじめの段階です。

ハーブティ

友人から送って頂いた

 

ハーブのタイムを

 

ハーブティにして

 

淹れてみました。

 

 

飲むと爽やかな香りが広がって

 

ちょっとうんうんと考えたりする

 

ことに取り組んでも

 

変に落ち込まない。

 

爽やかさを保持できます。

 

これは凄いですね❗

 

 

爽やかに生きたい方、

セッションで

爽やかにほほ笑み広がります。

セッションはこちらですよ。


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ひとが羨ましい!と思った時の気持ちの切り替え方~自分の持ち物

昔、ずっと私は暗かった。

 

ある時、

ふっと気づいたことで

それから生きるのが軽くなった

てことがあります。

 

こう考えたら

ほんま、楽になるなぁーって

自分を癒せたんです。

 

昨日、たまたま

そのふっと気づいたことを

人に話す機会がありました。

 

そのことを皆さんに

シェアしてみたいと

思います。

 

・・・・・・・・・

「自分の持ち物」

みんな、自分の持ってるもんで

生きるだけや。

 

頭のええ人がいたら

羨ましいーって思うんやない?

そんなこと思わんでもええ。

 

頭のええ人は

そのええ頭を使う

ようにできてる。

 

心が素直な人は

その素直な心を使って

生きていったらええ

 

足が速い人は

その速い足を使って生きる

ようになってる

 

足がゆっくりの人は

そのゆっくりの足で

やれることをしたらええ

 

体が丈夫な人は

その丈夫な体を使って

生きるようにできてる。

 

心が綺麗な人は

その綺麗な心を使って

生きる

 

心がねじれてる人は

そのねじれてる心を使って

生きる

 

みんな自分のもってるもんを

使うだけや。

 

人のものは使われへん

 

自分のもってるもんを

使って生きるだけや

 

自分のもってるもんも

訓練しだいでさらに

動かせるようになるとか

そゆことはあるけどな

 

みんな、自分の持ってるもんを

使って生きていくだけや

 

私は聞こえが悪い耳で生きていく

コンビニのレジの仕事とかは

できひん

 

でも目の前にきた人の

話をそぉっと聞くことなら

できる。

だからそれをしてるだけや

 

私は何々やからあかん、て

言うたかてしょうがない

持ってるもんを使うだけや。

 

みんな、どの人も

自分のもってるもんで

勝負するしかないねん。

 

神様から見たら

そこんとこはおんなじや。

与えられたもんを使っていくだけや。

 

びびり症でこわがりでも 生きてきたわいな。

宇治茶の 宇治に住んでいます、

からだ通訳カウンセリングの

やなぎさわ ゆりです。

 

子供のころから私は怖がりでビビリ症でした。

難聴が原因の一つでした。

 

親からよく怒られていました。

母は「厳しくするのが愛」という思いがあるようで

がんがん厳しくされてきました。

母も その母から厳しくされてきました。

 

その厳しさに 心が折れたりしたのだと思います。

でも 私が自分のなかに引きこもってしまい、

家族に対して心を開かなかったんだなぁと

思いました。

 

この前 香川県のオープンハートカレッジで

家族の座のワークを受けました。

 

私の原家族で 座を置いてみました。

 

その時、私は自分の家族はこうだという配置で

父の役の人はこう、母の役の人はこう、

姉はここにいる、妹はここにいる、という風に

立ってもらいました。

 

その時、私から家族はあまり見えない配置でした。

家族から私の姿も見えにくい配置でした。

 

その次に、配置されている人が各自、

「こっちにひっぱられている力を感じる」とか

「こっちへ向きたい感じがする」とか感じる方向に

動いて貰いました。

 

すると家族の姿が見えましたし、

家族から私の姿が見えました。

 

その時、私は気づきました。

 

「私が自分から 家族の前に出ないで

 引きこもったんや~」

と。

 

そういえば、今思い返すと

 

夕食を食べ終わったあと、

皆と一緒にテレビのドラマを見ないで、

部屋に引きこもっていったのは私。

 

ドラマを最後まで見るのには胸が動きすぎたから。

 

どきどきするのが苦手だから、引きこもった。

 

そうだったんだ。。。。。

 

 

私が引きこもっただけなんだ。。。。

 

 

家族の座で 家族のみんなと

「正しい?」位置に置きなおして

家族全員を顔を合わせると、

 

うちの実家の家族って

めっちゃ あったかいんやないかー。

ごまかさずに伝えるし、めっちゃ向き合ってる。

 

それを私はこわがってきただけやったんやないかー。

 

 

それに気づいて

そうやったんや、と受け入れて

 

 

子供時代の自分によしよしする。

子供時代、こわがりながら よぉここまで

生きてきたやんか。

 

 

自分で自分のことをどうにかして立て直さんといかん、

って思って、ちゃんとセラピーを受けてここまで

立て直してきたやんかーー。

 

 

えらいやんかーー。

そうやって プラスのことを認めて

前進していく。

 

傷ついた心も いいわな、生きてりゃそんなこともある。

そうやって なでなでして 傷も治っていく。

不治の病ではないわ。死に至らず、こうやって

心の傷と共に生きてきた。

 

心の傷は癒える。傷は自己治癒力もあって治るさ。